夜になると、
「今日はもう、洗い物を増やしたくないな」
そんな気持ちが、ふと頭に浮かぶことがあります。
ごはんを作る元気がまったくないわけではない。
でも、食べ終わったあとのシンクや、
乾ききらない食器のことを思うと、
少しだけ、気持ちが遠のく夜。
料理そのものよりも、
実はその後に待っているもののほうが、
重たく感じる日があるのだと思います。
調理よりも、後始末が気になる夜
献立を考えるとき、
最近は「何を作るか」よりも、
「どれだけ片づけが残るか」を先に考えるようになりました。
フライパンは、できれば1枚。
鍋も増やしたくない。
小鉢をいくつも並べるより、
一皿にまとめられるものがいい。
そんなふうに考えるようになったのは、
忙しさというより、
家事の“後半”に残る疲れが、
前より気になるようになったからかもしれません。
フライパン1枚、皿を減らすという選択
炒めて、そのまま盛りつけて。
できればワンプレートで。
洗うのは、フライパンとお皿1枚。
それだけで、
夕飯のハードルが少し下がる夜があります。
「ちゃんと作らなきゃ」という気持ちより、
「あとが楽なら、それでいい」という判断。
手を抜いているようで、
実は、自分の余力をちゃんと見ているだけ。
そんな気がしています。
それでも残る、小さな負担
ただ、どんなに工夫しても、
ゼロにはならないのが後始末。
油のついたフライパン。
食後すぐに立ち上がるのが、
少しだけおっくうな夜。
「今日は、ここまででいいかな」
そう思いながらも、
流しに残るものを見ると、
気持ちが完全には休まらないこともあります。
その間を埋めるものとしての宅食
そんな夜に、
改めて宅食を思い出しました。
料理を放棄するわけでもなく、
外食に切り替えるほどでもない。
そのちょうど間に、置いておける選択肢。
電子レンジで温めて、
器は最小限。
洗い物は、ほとんど増えない。
「今日はこれでいい」と、
静かに決められる夜があることが、
思っていた以上に、助けになりました。
ちゃんと食べて、ちゃんと休むために
洗い物を減らすことは、
怠けることでも、手抜きでもなくて。
その日の体力や気持ちに合わせて、
家事の量を調整すること。
フライパン1枚の日もあれば、
宅食に頼る日もある。
どちらも、今の自分に合った選択。
洗い物を増やしたくない夜に、
少しだけ、静かに余白をつくる。
そんな工夫があってもいいと思っています。