夜に電話をすると、声が明るい日があります。
「うん、大丈夫だよ」
それだけで、いったん胸がゆるむ。
こちらから聞いたことに、ちゃんと答える。
いつも通りの調子で、少し笑う。
それを聞いて、私は安心したことにします。
元気そうだから大丈夫。
そう思うようにしている、という言い方がいちばん近い気がします。
安心したい気持ちと、分からなさが残る気持ち
「元気そうだね」と言いながら、
本当は、確かめられていないことがいくつもあります。
ごはんは、ちゃんと食べているのか。
買い物は、無理していないか。
しんどい日が続いていないか。
でも、そこを細かく聞くと、
こちらの不安が相手に移る気がして、言葉が止まります。
結局、最後に残るのは、
「元気そうだから大丈夫」という、
自分を納得させるための一文です。
「大丈夫」と言われると、こちらも「大丈夫」にしてしまう
「大丈夫?」と聞けば、たいてい「大丈夫」と返ってきます。
それが、あたり前の会話みたいになっている。
たぶん、相手も本当のところは分からない。
その日の体調も、気分も、細かくは言葉にできない。
だから「大丈夫」でまとめてしまう。
そしてこちらも、それを受け取って、
自分の中の不安を静かに畳んでしまいます。
離れていると、食事の話がいちばん現実に近い
体調の話は、ふわっとします。
気持ちの話は、もっと曖昧になる。
でも、食事の話だけは、少し現実に近い。
「今日は何食べた?」
その一言なら、聞いても重くならない気がします。
「うどん」
「パン」
「適当に済ませた」
その返事の温度で、なんとなく察してしまうことがあります。
たくさん食べたなら安心、ではないのに。
でも、食べているかどうかは、やっぱり気になります。
「何かできること」を探す前に、感情だけが先に動く
何かしてあげたい、と思うより先に、
まず「心配」が来ます。
でも、心配のままでは生活が回らないから、
私は自分の中で、言い聞かせるように言葉を置きます。
元気そうだから大丈夫。
今日のところは、それでいい。
そうやって一度区切っておかないと、
夜の間ずっと、頭の片隅で考えてしまうから。
それでも、気持ちの下に少しだけ引っかかりが残る
「元気そうだから大丈夫」
そう思うようにしても、
全部がすっと消えるわけではありません。
次の電話までの間に、ふと浮かぶことがあります。
今日はちゃんと食べているだろうか。
買い物は、無理していないだろうか。
聞こうと思えば聞けるけれど、
わざわざ確認するほどでもない気もして、
結局、言葉にしないまま終わる。
そのかわり、
何か送ったほうがいいのかな、と考えたり。
冷凍のごはんを多めに頼んでおこうかな、と思ったり。
はっきりした理由があるわけじゃないけれど、
「念のため」に近い気持ちで、
できそうなことを頭の中で並べてみる。
安心したい気持ちと、分からなさが、
同時に残っているだけ。
それ以上でも、それ以下でもない感覚です。
まとめ:大丈夫と思うことは、安心の形のひとつ
元気そうだから大丈夫。
そう思うようにしている自分がいます。
本当に大丈夫かは、分からない。
でも、分からなさを抱えたままでも、
生活は続いていく。
だから私は、いったん安心する。
不安を増やさないための、夜の言葉として。
その言葉の下に残る小さな引っかかりが、
いつか「何かできること」につながっていくのだと思います。