
6月の朝は、少し湿った空気で始まります。
窓を開けると風は入るけれど、台所に立つともう少しだけ暑い。
その日は、いつもより早く目が覚めました。
先にほうじ茶をいれる。
湯気の立つ湯のみを持ちながら、炊飯器のふたを開ける。
冷蔵庫には卵があって、豆腐も残っていました。
朝ごはんには困らない。
いつものような朝です。
味噌汁を作ろうかなと思いながら、しばらく台所に立っていました。
母はまだ居間に来ていません。
家の中も静かでした。
それなのに、その日は手が動きませんでした。
作れないわけではありません。
作ろうと思えば作れる。
ただ、少しだけ思ったのです。
今日は食事の支度を休みたいなと。
何もしない朝が少し長かった
その日は、すぐに味噌汁を作りませんでした。
先にほうじ茶を飲む。
窓の外を見る。
テーブルの上を片づける。
そんなことをしているうちに時間が過ぎていきます。
冷蔵庫の中には食材があります。
何もないわけではありません。
だから困っているわけでもない。
でも、その日は少しだけ台所から離れていたかった。
そんな朝でした。
投げ出したいわけではなかった
朝ごはんを食べ終わったあと、湯のみだけがテーブルに残っていました。
洗おうと思えばすぐ洗えます。
でも、その日はしばらくそのままにしていました。
窓から入る風が少し湿っています。
6月らしい朝でした。
食事の支度を休みたい。
そう思ったけれど、全部やめたいわけではありません。
今日のごはんを放り出したいわけでもない。
ただ、少しだけ手をゆるめたい。
そんな気持ちでした。
朝のうちから始まっていること
食事の支度は、台所に立つ前から始まっています。
冷蔵庫に何が残っていたか。
今日の気温なら何を食べやすいか。
買い物へ行く必要はあるだろうか。
そういうことを、知らないうちに考えています。
気づけば朝から何度もごはんのことを思い出している。
作る時間より、その前の時間のほうが長い日もあります。
少しだけ頭を休ませる
その日は冷蔵庫を開けませんでした。
先にほうじ茶をいれる。
新聞をめくる。
窓の外を見る。
ごはんのことを考えない時間は短かったけれど、それだけで少し落ち着きました。
何かを解決したわけではありません。
ただ、一度だけ頭を別の場所へ向けたかった。
そんな朝でした。
家にあると安心するもの
最近は、冷凍庫の中に少し余白を残しています。
冷凍ごはんの日もある。
残り物の日もある。
そして宅配ごはんの日もあります。
どれかひとつを選べるだけで、気持ちは少し違います。
今日はこれでいい。
そう思えるものがあると、朝から考え続けなくて済む日があります。
毎日使わなくてもいい
宅配ごはんは毎日のためではありませんでした。
むしろ、たまに使うくらいがちょうどいい。
頑張れる日は普通に作る。
少し休みたい日は頼ってみる。
そのくらいの距離感が、今の暮らしには合っています。
冷凍庫に入ったままの日もあります。
でも、それでいいと思っています。
「今日はこれでいい」と言える朝
以前は、ちゃんと作るか、作らないかで考えていました。
でも最近は違います。
今日はこれでいい。
そう思える朝があるだけで十分です。
食事の支度を休むことは、食べることをやめることではありません。
続けるために少し力を抜くこと。
そんな日があってもいいのだと思っています。
まとめ
食事の支度を休みたいと思った朝がありました。
投げ出したいわけではなく、少しだけ息をつきたかった。
ほうじ茶を飲みながら座っていた朝のことを、今も覚えています。
最近は、そんな日のために宅配ごはんを置いています。
毎日ではなくてもいい。
休みたい気持ちを責めないだけで、台所へ向かう足取りが少し軽くなることがあります。