
6月に入ると、夕方になっても外がまだ明るい。
窓を開けると、少し湿った風が入ってきます。
その日は帰りにスーパーへ寄りました。
豆腐ときゅうり。
冷たい麺でもいいかなと思いながら歩いていました。
特別忙しかったわけではありません。
体調が悪いわけでもない。
ただ、家に着いたとき、すぐに冷蔵庫を開けませんでした。
先に麦茶を注いで、しばらく椅子に座る。
夕方の光がまだ残っています。
母は居間でテレビを見ていました。
そのまま少しだけ何も考えない時間が続く。
そしてふと、思いました。
夕飯のことを考えない時間が、少しほしいなと。
まだ決めなくてもいい夕方
いつもなら冷蔵庫を開けます。
何が残っていたか。
何を先に使ったほうがいいか。
頭の中で献立を組み立て始める。
でも、その日は違いました。
麦茶を飲みながら窓の外を見る。
遠くで車の音が聞こえる。
それだけの時間です。
夕飯を作りたくないわけではありません。
買い物も済んでいる。
作ろうと思えば作れる。
ただ、その前にある
「何にしよう」
を少し休みたかった。
そんな夕方でした。
夕飯は、いつの間にか始まっている
夕飯を作ろうと思う前から、頭のどこかでは始まっています。
スーパーで見た特売の野菜。
朝のうちに冷凍庫へ入れたもの。
帰り道に思い出した豆腐。
そういう小さなことが、夕方になると少しずつ集まってきます。
家に着くころには、もう夕飯のことを考えている。
包丁を持つ前から始まっている時間が、案外長いのかもしれません。
冷蔵庫を開けても決まらない
冷蔵庫を開ける。
卵がある。
きゅうりもある。
豆腐も残っている。
何もないわけではありません。
むしろ夕飯になりそうなものは揃っています。
それなのに、その日は扉を閉めました。
しばらくして、また開ける。
中身はさっきと同じです。
変わっていないのに、もう一度見てしまう。
決まらないのは献立というより、自分の気持ちのほうだったのかもしれません。
麦茶を飲みながら座っていた
その日は、先に麦茶を飲みました。
夕方の明るさがまだ少し残っています。
母は居間でテレビを見ていました。
窓の外では車の音が聞こえる。
それだけの時間です。
夕飯を作りたくないわけではありません。
でも、その前にある「何にしよう」を少し休みたかった。
ただそれだけでした。
考えなくていい日を置いてみる
その頃から、冷凍庫の中を少し見直すようになりました。
冷凍ごはんの日もある。
残り物の日もある。
そして、宅配ごはんの日もある。
毎日ではありません。
でも、今日はこれにしようと思えるものが一つあると、夕方の景色が少し変わります。
冷蔵庫の前で立ち止まる時間が短くなる日があります。
使わなくても安心する
不思議なのは、使わない日も多いことです。
冷凍庫に入ったまま一週間が過ぎることもあります。
それでも、あると思うだけで少し安心する。
今日は考えなくても大丈夫。
そう思える日があるだけで、気持ちは少し違います。
使うためというより、置いておくためにある。
そんな感覚に近いのかもしれません。
考えない時間があると戻ってこられる
夕飯のことを考えない日が一日ある。
すると次の日は、普通に台所へ立てたりします。
冷蔵庫を開けて、味噌汁を作る。
魚を焼く。
そんないつもの流れが戻ってくる。
ずっと休みたいわけではありません。
ただ、ときどき一回だけ休みたい。
そういう日があるだけでした。
まとめ
夕飯を考えない時間が、少しほしいと思った日がありました。
作りたくないのではなく、考えたくなかった。
冷蔵庫を開ける前に、少しだけ頭を休ませたかった。
最近は、そんな日のために宅配ごはんを置いています。
毎日使うわけではありません。
でも、今日は考えなくてもいいと思える日があるだけで、夕方が少し静かになります。