六月に入って、スーパーの売り場も少しずつ夏らしくなってきました。
そうめんや冷や麦の棚を眺めながら歩いていると、ふと気づくことがあります。
昔はよく買っていたのに、最近は見なくなったものがある。
特別な話ではありません。
でも、そのことが少し気になりました。
買わなくなったことに気づく
昔は当たり前のように買っていたものがあります。
気づけばカゴに入っていて、特に理由もなく食卓に並んでいたもの。
ところが最近、その姿を見ていません。
嫌いになったわけではありません。
食べられなくなったわけでもない。
ただ、買わなくなった。
それだけのことなのに、少し不思議でした。
理由は思い出せない
なぜ買わなくなったのか考えてみました。
家族の人数が変わったからかもしれない。
食べる量が変わったからかもしれない。
あるいは、別のものを選ぶようになっただけかもしれません。
でも、はっきりした理由は思い出せませんでした。
いつからか自然に買わなくなって、気づいたら食卓から消えていた。
暮らしの変化というのは、案外そんなものなのかもしれません。
買い物かごには暮らしが残る
スーパーで買い物をしていると、自分の生活が少し見えてきます。
よく買うもの。
必ず買うもの。
なんとなく手が伸びるもの。
反対に、昔は買っていたのに最近見なくなったものもあります。
買い物かごの中身は、その時々の暮らしを映しているのかもしれません。
毎週同じような買い物をしているつもりでも、少しずつ変わっています。
食卓も少しずつ変わっていた
考えてみれば、食卓も同じです。
昔よく作っていたもの。
今はあまり作らなくなったもの。
逆に、以前はなかったのに今ではよく登場するもの。
変わった瞬間は覚えていません。
でも、長い時間をかけて少しずつ入れ替わっていたのでしょう。
毎日のごはんは繰り返しのようでいて、実は同じではありません。
思い出すのは味より景色
面白いことに、昔買っていたものを思い出すとき、味より先に景色が浮かびます。
食卓の様子だったり。
買い物帰りの袋だったり。
誰がいたのか。
どんな季節だったのか。
そんなことのほうが記憶に残っています。
食べ物というより、その頃の暮らしを思い出しているのかもしれません。
なくなったわけではなく、離れただけ
昔買っていたものは、今も売り場にあります。
なくなったわけではありません。
ただ、自分の生活から少し離れただけ。
そう考えると、少し気が楽になります。
また買う日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。
どちらでもいいような気がしました。
まとめ
昔は買っていたのに、最近見なくなったものがあります。
その理由は、よく分かりません。
でも、その小さな変化の中に、今までの暮らしが残っている気がしました。
毎日の買い物は同じようでいて、少しずつ変わっています。
そして、その変化に気づいたとき、昔の食卓や季節を思い出すことがあります。
スーパーの売り場を歩きながら、そんなことを考えた日でした。