ごはんとわたしの365日

「ごはんとわたしの365日」は、 毎日の暮らしのなかで、 食のことを、少しだけ立ち止まって考える場所です。 宅配弁当のこと。 無理をしない食事の選び方。 心と体の調子を整える、習慣のこと。 365日、わたしとごはんが 静かにつながっていく、その途中の記録です。

そうめんを見ると夏が近いと思う

五月もそろそろ終わりです。買う予定もなかったのに、そうめん売り場の前で足が止まりました。

まだ梅雨入り前です。
冷たい麺を食べたいほど暑いわけでもありません。

それでも、そうめんやひやむぎ、めんつゆがいろいろと並び始めると、夏が近いなと思います。

季節は売り場のほうが早い

外を歩いていても、季節の変化に気付くことはあります。

でも最近は、それより先にスーパーで気付くことのほうが多くなりました。

入口近くに積まれたそうめん。
大袋の麦茶。
みょうがや大葉の並ぶ棚。

まだ暑さが本格的ではなくても、売り場は少し先の季節を準備しています。

その景色を見るたびに、夏が近いなと思います。

そうめんは季節の合図みたいなもの

考えてみると、そうめんそのものが特別好きというわけではありません。

もちろん夏になると食べますし、薬味をたっぷりのせるのも好きです。

でも、そうめんを見ると反応する理由は別のところにある気がします。

それは、そうめんが季節の合図になっているから。

桜を見ると春を思うように、
そうめんを見ると夏を思い出す。

そんな存在になっています。

薬味のことを考え始める

そうめんを食べる季節になると、薬味のことを考えます。

大葉。
みょうが。
しょうが。

刻んで並べるだけなのに、少し食卓が夏らしくなります。

冷蔵庫の中に大葉があるだけで、季節がひとつ進んだような気持ちになることもあります。

そういう感覚は、若い頃にはあまりありませんでした。

季節は台所で知ることが増えた

昔は季節の変化といえば、外の景色だった気がします。

暑くなった。
日が長くなった。
蝉の声が聞こえた。

そんなことで季節を感じていました。

でも最近は少し違います。

冷蔵庫の中身や、買い物かごの中身で季節を感じることが増えました。

何を食べようか考えているうちに、季節のほうが先に動いている。

そんな感じがあります。

毎年同じようで少し違う

そうめんを見るのは毎年のことです。

だから特別な出来事ではありません。

でも不思議なことに、毎年少しだけ感じ方が違います。

今年は暑くなるのが早いなと思ったり。
もうそんな季節かと思ったり。

同じそうめんでも、その年ごとの時間が重なります。

季節というのは、案外そういうものなのかもしれません。

ごはんの支度が季節を連れてくる

夕飯の献立を考えていると、自然と季節が入ってきます。

冷たい麺。
薬味。
麦茶。

気付けば、夏の食卓に近づいている。

ごはんの支度というのは、食べるためだけの時間ではなく、季節を迎える準備でもあるのだと思います。

だから私は、そうめんを見ると少しうれしくなります。

夏が来ることを思い出させてくれるからです。

まとめ

そうめんを見ると夏が近いと思います。

気温より先に、スーパーの売り場で。
天気予報より先に、薬味の棚で。

季節を感じる場所は、人それぞれだと思います。

私の場合は、ごはんの支度をしている時間でした。

そうめんや冷や麦が並び始めると、今年も夏が来るのだなと思います。

そんな小さな季節の変化を見つけるのも、毎日のごはんの楽しみのひとつです。