ごはんとわたしの365日

「ごはんとわたしの365日」は、 毎日の暮らしのなかで、 食のことを、少しだけ立ち止まって考える場所です。 宅配弁当のこと。 無理をしない食事の選び方。 心と体の調子を整える、習慣のこと。 365日、わたしとごはんが 静かにつながっていく、その途中の記録です。

離れて暮らす家族に、ごはんの話をしなくなった頃

離れて暮らす家族に、ごはんの話をしなくなった頃|電話のあとにお茶を飲む初夏の夜

5月の終わりになると、冷たい麺が食べたくなる日が増えてきます。

その日の夕飯も、冷や麦でした。

大葉を刻んで、みょうがを少し添える。

食べ終わったあと、湯のみのお茶を飲みながら窓の外を見ていました。

外はまだ少し明るくて、昼間の暑さが残っています。

そんな夜、ときどき離れて暮らす家族のことを思い出します。

何かあったわけではありません。

連絡が来たわけでもない。

ただ、冷や麦を食べながら、向こうも暑いのかなと思っただけです。

以前なら、そのまま食事の話になっていた気がします。

最近は、ごはんの話をしなくなったな。

そんなことを思いました。

「今日は何を食べたの?」を聞いていた頃

以前は電話をすると、自然と食事の話になっていました。

今日は何を食べたのか。

買い物には行ったのか。

野菜は食べているのか。

そんなことを聞いていました。

心配していたというより、暮らしの様子を知りたかったのだと思います。

離れていると毎日は見えません。

でも食べたものの話を聞くと、その日の景色が少しだけ見える気がしました。

「今日はうどんだったよ」

「お惣菜で済ませた」

そんな一言を聞くだけで、なんとなく安心していた頃があります。

今思えば、ごはんの話をしていたというより、暮らしの話をしていたのかもしれません。

いつの間にか聞かなくなっていた

以前は電話をすると、自然と食事の話になっていました。

今日は何を食べたのか。

買い物には行ったのか。

そんな話をしていた気がします。

でも最近は違います。

天気の話をしたり。

仕事の話をしたり。

テレビで見たことを話したり。

電話はしているのに、ごはんの話は出てこない。

ある日やめたわけではありません。

気がついたら、そうなっていました。

暮らしの中には、そういう変化があります。

電話を切ったあとに思い出した

先日も短い電話をしました。

特別な用事はありません。

近況を少し話して、いつものように終わりました。

受話器を置いたあと、お茶を飲みながら思いました。

そういえば最近、ごはんの話をしていない。

以前なら聞いていたことを聞いていない。

でも、それを不自然とも思っていなかった。

そのことのほうが少し印象に残りました。

距離が遠くなったという感じでもありません。

ただ、話すことが少し変わった。

そんな気がしました。

理由を探さなくなった

昔の私なら理由を考えていたかもしれません。

安心したからだろうか。

慣れたからだろうか。

それとも年齢のせいだろうか。

でも最近は、あまり答えを探さなくなりました。

以前は話していた。

今はあまり話していない。

ただ、それだけです。

暮らしの中には、説明できない変化がたくさんあります。

よく買っていたものを買わなくなったり。

いつの間にか通らなくなった道があったり。

ごはんの話も、そのひとつなのかもしれません。

スーパーで思い出すことがある

だからといって、気に掛けなくなったわけではありません。

暑い日が続くと、食欲は落ちていないだろうかと思います。

そうめん売り場の前で立ち止まることもあります。

レトルトのおかゆを見たり。

日持ちする食品を見たり。

そのたびに連絡をするわけではありません。

ただ少し思い出す。

それだけです。

何かを確かめたいわけではなく、暮らしの中にその人のことが残っている。

そんな感覚があります。

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まとめ

離れて暮らす家族に、ごはんの話をしなくなった頃。

いつからだったのかは分かりません。

気づけば話題が少し変わっていました。

以前は聞いていたことを聞かなくなった。

でも、それで何かが失われたような感じもありません。

話さなくなったあとも、気に掛ける気持ちは残っています。

今夜もたぶん、どこかで夕飯を食べているのだろうと思いながら、お茶を飲んでいました。