夜になると、
台所の音だけが、
少しはっきり聞こえることがあります。
母の夕飯を用意しながら、
「今日は何にしよう」と考えて、
いつもの流れで手を動かす。
そんな夜にふと、
「やわらかいほうがいいのかな」
と頭をよぎることがありました。
まだ噛めないわけじゃない。
でも、少しだけ気になる。
今日は、その“小さな違和感”の話です。
きっかけは、小さな違和感
大げさな出来事があったわけではありません。
いつものおかずを出したとき、
母の箸が、少しだけ止まったように見えた。
飲み込めないわけでもなく、
残したわけでもないのに、
ほんの少し、動きがゆっくりだった。
「硬かった?」と聞くほどでもない。
でも、見過ごせるほどでもない。
その間に、
自分の中だけで、
小さなメモが残った感じがしました。
まだ噛めないわけじゃない
母は、普通に食べています。
ごはんも、味噌汁も、
焼き魚も、煮物も。
いままで通りに、ちゃんと口に運ぶ。
だから、
「やわらかくしなきゃ」と決める段階ではない。
けれど、
食べられていることと、
食べやすいことは、少し違う気もします。
噛む力の問題なのか、
その日の体調なのか、
気分なのか。
はっきりしないからこそ、
判断ができないまま、気になる。
ごはんを変えるほどでもない
「やわらかいほうがいいのかな」と思っても、
すぐに献立を変えるほどのことではありません。
全部を刻むわけでもなく、
介護食に切り替えるわけでもない。
今夜の煮物を、
もう少し長めに火にかける。
大根を少し薄めに切る。
それくらいの調整で、済むかもしれない。
でも、
その「それくらい」が増えていくとき、
何かが変わっていく気もして、
少しだけ立ち止まります。
気になってしまうと、戻れない
いちど気づいてしまうと、
次から、同じところを見てしまいます。
噛む音。
飲み込む前の間。
お茶を飲む回数。
母の食べ方を、
じっと観察するつもりはないのに、
目が勝手に追ってしまう。
声をかけすぎないようにしたいのに、
黙っていると、それはそれで落ち着かない。
「大丈夫?」と言えば、
母のほうが気にしてしまいそうで、
言葉を飲み込みます。
そうやって、
何も言わないまま、
気持ちだけが少し先に進んでしまう夜があります。
判断を保留したままの状態
今のところ、
はっきりした結論は出せません。
やわらかい食事に寄せたほうがいいのか。
それとも、まだ今まで通りでいいのか。
「今のうちに変えておいたほうがいい」という気持ちと、
「変えるほどでもない」という感覚が、
同じ場所に並んでいます。
どちらが正しいかは分からない。
でも、分からないままでも、
夕飯の時間はやってきます。
その事実が、
夜になると、
じわっと重く感じられることがあります。
ごはんを変えるほどではない、今のところ
母の食事は、
まだ「介護」という言葉に結びつくほどではありません。
ただ、
その一歩手前にあるものは、
ある日突然現れるというより、
こうした小さな違和感の積み重ねなのかもしれません。
今夜は、
答えを出さないまま、
やわらかさを少しだけ意識して、
いつも通りに食卓に出しました。
それでよかったのかどうかも、
今日は、まだ決めないでいます。
まとめ|「やわらかいほうがいいのかな」と思い始めた夜
「やわらかいほうがいいのかな」と考えるようになった頃。
まだ噛めないわけじゃない。
でも、少し気になる。
ごはんを大きく変えるほどでもないのに、
気づいてしまったら、戻れない感じがある。
結論は出さず、
今夜はその違和感を、
そのまま置いておきます。