夜になると、
台所の明かりが、
昼間より少しだけ白く感じることがあります。
包丁を出す前に、
冷蔵庫の前で立ち止まって、
ふと、手が止まりました。
今日は、
ごはん作りを、楽しむ余裕がなくなっていたことに気づく夜の話です。
好きだったはずのことが、重たく感じる
料理が嫌いになったわけではありません。
時間がある休日には、
少し手の込んだものを作りたいと思うし、
味付けを考える時間が楽しい日もあります。
それなのに、
平日の夜になると、
「やらなきゃ」という気持ちだけが先に立つ。
楽しいはずだった行為が、
いつの間にか、
こなすものに変わっていました。
義務になった瞬間は、はっきりしない
いつからそうなったのか、
はっきりしたきっかけは思い出せません。
忙しい日が続いたからなのか。
母の体調を気にすることが増えたからなのか。
気づいたら、
「楽しむ」よりも、
「ちゃんとしなきゃ」が前に出ていました。
責任感と生活が、
少しずつ重なって、
境目が分からなくなっていた感じです。
わたしは、楽しむ余裕をどこに置いたんだろう
手順は分かっています。
段取りも、だいたい頭に入っている。
それでも、
台所に立つ前に、
一呼吸置きたくなる夜があります。
作り始めてしまえば、
意外と淡々と進むのに、
始めるまでが、
以前よりも、
ずっと重たい。
「楽しめなくなった」のではなく、
楽しむ余白が、生活の中から少しずつ削れていた、
そんな気がしました。
宅配ごはんは、気持ちの温度を下げてくれた
宅配ごはんを使った夜、
料理をしなかったことよりも、
「やらなかった自分を責めなくていい」
その感覚のほうが、印象に残りました。
作らない選択をしたからといって、
投げ出したわけではない。
今日は、
少し休むことを選んだだけ。
そう思えると、
気持ちの温度が、
少しだけ下がりました。
楽しさは、なくなったわけじゃない
ごはん作りを、
もう楽しめないわけではありません。
ただ、
今の生活の中では、
毎回そこまでの余裕を持てないだけ。
楽しさが消えたのではなく、
前に出てこなくなっていただけ、
そんなふうにも思えます。
まとめ|義務に変わったことに、気づけた夜
ごはん作りを、
楽しむ余裕がなくなっていたことに、
夜になって気づきました。
それを、
悪いことだとは、今日は決めません。
生活の中で、
形が変わるものがあるのは、
自然なことかもしれないから。
また楽しめる日が来るかどうかも、
今は分かりません。
結論は出さず、
今日はただ、
そう感じた自分を、
そのまま置いておこうと思います。