夕方になると、
「そろそろごはん、どうしよう」と思うのに、
決めきれないまま時間だけが進むことがあります。
料理が嫌いなわけではなくて、
作ろうと思えば、たぶん作れる。
でも、その「決める」までが、今日は少し重たい。
今日は、
ごはん作りを“後回し”にしただけの日の話です。
サボったわけでも、放り投げたわけでもなく、
ただ、タイミングをずらしただけの夜のこと。
夕方は、決める力が残っていなかった
冷蔵庫を開けて、
卵と、少しの野菜と、昨日の残り。
「炒めれば一品になるな」
「味噌汁だけでも作ろうかな」
そう思うのに、手が動かない。
体力がゼロ、というほどでもありません。
でも、夕方って、
一日の疲れがまだ表に出ていないのに、
判断だけ先に鈍る時間帯がある気がします。
作るか、買うか。
作るなら何を作るか。
買うならどこで、何を選ぶか。
その分かれ道が多すぎて、
今日は、いったん保留にしました。
サボったわけじゃない。先送りしただけ
「後回し」って、
自分の中で少し悪い言葉に聞こえることがあります。
でも実際は、
やらないと決めたわけじゃなくて、
今じゃないだけ。
夕方に決められない日は、
夜に回して、夜の自分に任せる。
そんなふうに、
暮らしの段取りを少しずらすだけで、
気持ちが落ち着くことがあります。
夜になってからの判断は、案外うまくいく
暗くなって、部屋の音が少し静かになると、
さっきまでの迷いが、少し薄まることがあります。
「今日はちゃんと作らない」
「今日は用意されたごはんにする」
夜の判断は、
前向きというより、
現実に合う形に収まる感じ。
一日の終わりに、
もうこれ以上こじらせないための決め方、みたいな。
ズボラの正体は「タイミング調整」かもしれない
ズボラという言葉でまとめると、
全部が「やらない」に見えてしまうけれど、
わたしの場合は、
「やる・やらない」ではなく、
「いつやるか」の話になっていることが多いです。
夕方に頑張りすぎると、夜が崩れる。
夜を整えるために、夕方を少しゆるめる。
それは手抜きというより、
生活のバランスの取り方に近いのかもしれません。
比較|“後回し”にした夜の選択肢
| その夜の選択 | 残る感じ(わたしの目線) |
|---|---|
| 自炊する | 整うけれど、考える量が多い。作り始めるまでに一度ため息が出る夜もある。 |
| 外食・テイクアウト | 手は抜けるけれど、選ぶ工程が残る。行く元気がない日は逆に負担になる。 |
| 宅配食・用意されたごはん | 判断が少ない。温める間に気持ちが落ち着いて、夜が静かに終わる。 |
「ちゃんと食べる」を守れたら、それでいい夜もある
結局その日は、
用意してあったごはんを温めました。
味噌汁だけ作ろうと思ったけれど、
それすら今日はやめて、
お茶を淹れて、席に座りました。
何品も並んでいなくても、
豪華じゃなくても、
食べて、落ち着いて、夜が終わればいい。
そう思える日があることは、
案外、暮らしを長く続ける助けになります。
まとめ|後回しにしただけの日は、意外と普通に終わる
ごはん作りを「後回し」にしただけの日。
夕方に決められなかったのは、
怠けたというより、
判断する力がその時間帯に残っていなかっただけかもしれません。
夜になってから決めると、
不思議と、ちょうどいいところに収まることがあります。
結論は出しません。
ただ今日は、
タイミングをずらしたら、夜が少し楽だった
それだけを、そっと置いておきます。