朝になると、
「何を食べようかな」と考えながら、
キッチンに立つことがあります。
その日の体調で、
食事の負担が大きく感じる日があります。
作ること自体が、少し重たいと感じる日も。
そんな朝、
棚の奥にあるレトルトを見て、
一瞬、手が止まることがありました。
今日は、
レトルトにするか迷う朝の話です。
使っていいか、悪いかを考えてしまう
レトルトは、
便利なものだと分かっています。
温めるだけで食べられるし、
味も安定している。
それでも、
「使っていいのかな」と、
少しだけ考えてしまう朝があります。
誰に言われたわけでもなく、
自分の中にある、
なんとなくの基準。
まだ頑張れる気も、する
冷蔵庫を開けると、
卵もあるし、
野菜も少し残っています。
前の日に買っておいた食材が、
きちんと使われずに残っているのを見ると、
「ここまでやっておいて、使わないのはどうなんだろう」
と、少し考えてしまいます。
時間も、
全くないわけではない。
フライパンを出して、
さっと焼くだけなら、
10分もかからないかもしれない。
その想像ができてしまう分、
「まだ頑張れる気がする」
という気持ちが、
ほんのりと残ります。
無理ではない。
でも、余裕があるとも言えない。
そのあいだで、
気持ちが少しだけ、揺れています。
わたしの場合、
こうして迷っている時点で、
もう少し立ち止まりたい朝なのかもしれません。
決断前の、ほんの一瞬
レトルトを手に取るまでの、
ほんの数秒。
時計をちらっと見たり、
お湯を沸かすかどうか迷ったり。
「今日は楽をする日かな」
「いや、もう少し頑張るかな」
その間で、
気持ちが行ったり来たりします。
でも、
この迷いは、
失敗でも、優柔不断でもなく、
自分の状態を確かめている時間
なのかもしれません。
使う・使わない、どちらでもいい
レトルトを使ったからといって、
何かが大きく変わるわけではありません。
使わなかったからといって、
特別にえらいわけでもない。
その朝を、
どう始めるか。
それを決める小さな選択が、
たまたま、レトルトだっただけ。
朝は、迷っても大丈夫
朝は、
一日の中でも、
いちばん判断が多い時間帯。
迷うこと自体、
珍しいことではありません。
少し考えて、
「今日はこれでいこう」と決める。
それだけで、
もう十分な朝もあります。
まとめ|迷う朝も、暮らしのうち
レトルトにするか迷う朝。
それは、
怠けているわけでも、
意識が低いわけでもなく、
自分の今を見ている時間
だったのかもしれません。
今日は使うかもしれないし、
今日は使わないかもしれない。
結論は出さず、
その迷いごと、
朝を始めています。