夜になると、
「何か食べようかな」と思いながら、
冷凍庫を開けることがあります。
その日の体調で、食事の負担が大きく感じる日があります。
作ること自体が、少し重たいと感じる日も。
無理をしない選択肢として、
冷凍ごはんを用意しておくようになりました。
ただ、ある日ふと、
「これ、いつ炊いたんだっけ」
と立ち止まることがあります。
今日は、
冷凍ごはんの味や便利さではなく、
そのときに残る、
小さな不安の話です。
日付を、覚えていない
冷凍ごはんを取り出して、
袋越しに眺めます。
手に取ると、
ひんやりした感触が伝わってきます。
重さも、形も、
いつもの冷凍ごはんと変わらない。
それなのに、
「これ、いつだったかな」と、
確かめたくなる。
見た目では判断できないものを、
記憶だけで測ろうとしていることに、
そこで気づきました。
見た目は問題なさそう。
霜も、そこまで多くない。
それでも、
「いつ炊いたごはんだったかな」と、
頭の中で記憶を探し始めます。
先週だったか、
それとも、もう少し前だったか。
炊いた日付を、
はっきり覚えていないことに、
少しだけ不安を感じます。
不安だけが、残る瞬間
冷凍ごはんは、
きちんと保存すれば大丈夫だと、
分かってはいます。
それでも、
「大丈夫なはず」と、
「本当に大丈夫かな」の間で、
気持ちが揺れます。
問題が起きたわけではないのに、
安心しきれない。
食べるか、やめるか。
その判断を、
急に迫られる感じがします。
管理ができていない、というより
日付を書いておけばよかったかな。
ラベルを貼ればよかったかな。
そう思うこともあります。
でも、
それは管理ができていない、というより、
覚えていられなかっただけ。
冷凍ごはんを作った日は、
それなりに忙しかった日だったはずです。
未来の自分のために、
余裕を持って炊いたごはん。
そのときの気持ちは、
もう、はっきりとは思い出せません。
記憶の話をしている
冷凍ごはんの不安は、
保存方法や期間の問題というより、
記憶の話なのかもしれません。
「ちゃんとした自分」が、
ちゃんと準備したことを、
今の自分が思い出せない。
そのズレが、
不安として立ち上がってくる。
ごはん自体よりも、
自分を信じきれない感じが、
気になっているのだと思います。
食べるかどうかを、決めきれない夜
結局、
その日は冷凍ごはんを戻して、
別のものを食べたこともありました。
「今日はやめておこう」
それも、ひとつの選択。
冷凍ごはんが悪いわけでも、
自分がだらしないわけでもない。
ただ、
今日は判断する余力が、
少し足りなかっただけ。
覚えていないことが、問題とは限らない
冷凍ごはんを炊いた日を、
完璧に覚えていなくても、
生活は回っています。
全部を管理しなくても、
すべてを把握していなくても、
日々は進んでいく。
不安になる夜があることも、
その一部。
まとめ|分からなくなる夜もある
冷凍ごはん、
いつ炊いたか分からなくなる問題。
それは、
冷凍ごはんの欠点というより、
記憶が追いつかないほど、
日常が動いていたということ。
今日は食べるかもしれないし、
今日はやめるかもしれない。
結論は出さず、
今夜はただ、
冷凍庫を静かに閉めています。