夜になると、
「今日は何か食べなきゃ」と思いながら、
冷凍庫を開けることがあります。
中はそれなりに詰まっているのに、
なぜか、ぱっと手が伸びない。
その理由を考えてみると、
入れた記憶がないわけじゃないことに気づきます。
ちゃんと考えて、
「あとで使おう」と思って、
冷凍庫に入れたはず。
ただ、
思い出すきっかけがないまま、日が過ぎている。
今回は、
そんな「冷凍庫の中で起きていること」を、
責めずに、静かに眺めてみます。
入れた記憶がないわけじゃない
冷凍庫を整理していると、
「これ、覚えてるな」と思うものが出てきます。
奥から、霜だらけのアイスが出てきたこともありました。
たぶん、買ったときは楽しみにしていたはずなのに。
いつかの作り置き、
お試しで買った冷凍食品、
半分だけ残した食材。
どれも、
無計画に放り込んだわけではありません。
そのときの私は、
ちゃんと理由を持って、
冷凍庫に入れていました。
思い出すきっかけが、ないだけ
問題は、
「忘れていること」そのものより、
思い出す導線がないことなのかもしれません。
冷凍庫は、
閉じてしまえば、存在を感じにくい場所。
見えないところにあるものは、
どうしても、
日常の優先順位から外れていきます。
それは怠慢というより、
日常のスピードが速いだけ。
忘却=だらしなさ、ではない
「また使い忘れた」
「結局、無駄にしてしまった」
そう思うと、
少し自己嫌悪になることもあります。
でも、
毎日の中で判断することの数を考えると、
すべてを覚えておくのは、
なかなか難しい。
冷凍庫の中の忘却は、
生活が回っている証拠でもあるのだと思います。
「使う前提」より「残しておく前提」
以前は、
「これは必ず使うから」と思って、
冷凍庫に入れていました。
今は、少し考え方が変わってきています。
使えたらいいし、使えなくてもいい。
冷凍は、
未来の自分を助けるための保険。
必ず回収しなきゃいけない約束、
というわけではありません。
冷凍庫は、記憶の倉庫でもある
冷凍庫の奥にあるものは、
そのときの自分の状態を映している気がします。
- 余裕がなかった日
- がんばろうとしていた日
- 楽をしたかった日
忘れられたものの中に、
その日の気分が、
そのまま残っている。
そう思うと、
捨てるときも、
少しだけ気持ちが違います。
冷凍庫を開けるたび、思い出すこと
冷凍庫は、
便利な場所であると同時に、
記憶が追いつかない場所でもあります。
全部を把握しなくてもいい。
全部を使い切らなくてもいい。
夜、冷凍庫を閉めるとき、
「今日も回った」と、
それだけで十分な日もあります。
まとめ|忘れていることが、多い夜もある
冷凍庫に入れたことを、
忘れているものが多い。
それは、
計画性がないからでも、
だらしないからでもなく、
毎日が、それなりに忙しかったということ。
冷凍庫の奥にあるものを、
今すぐどうするかは、決めていません。
結論は出さず、
今日はただ、
静かに扉を閉めています。