
6月に入って、スーパーに並ぶ野菜が少しずつ変わってきた。
きゅうりやトマトが増えて、とうもろこしも見かけるようになった。
仕事帰りに買い物をしていると、気づけば夕飯の話になり、そのまま母のごはんのことを考えている。
スーパーで見ているのは値段だけではない
昔はスーパーに行くと、自分が食べたいものを中心に見ていた気がする。
今日は何を食べようか。
何が安いだろうか。
そんなことを考えながら買い物かごに入れていた。
最近は少し違う。
魚売り場を見ながら、「これは母でも食べやすそうだな」と思う。
豆腐売り場では、冷奴にするか味噌汁に入れるかを考える。
総菜コーナーを通ると、煮物やひじきを見て立ち止まることもある。
買うかどうかは別として、一度考える。
スーパーを歩いている時間なのに、頭の中は食卓の景色になっている。
何を買うかよりも、誰が食べるかを考える時間が増えた気がする。
それがいつからだったのかは、よく覚えていない。
ただ最近は、スーパーの話とごはんの話が自然につながっている。
買い物かごの中に季節が入る
この時期になると、そうめんやひやむぎが売り場の前の方に並ぶ。
大葉やみょうがも目につくようになって、買い物をしながら季節が少し進んだことを知る。
昼間は暑くても、夕方になると意外と涼しい日がある。
そんな日は、麺は冷たくしても、つゆは温かいままにすることがある。
スーパーを歩きながら、今日は何を食べようかと考える。
同時に、母が食べやすそうなものも自然と目に入る。
豆腐だったり、白身魚だったり、やわらかく煮られそうな野菜だったり。
特別なことではない。
買い物かごに入れるかどうか迷いながら、売り場を行ったり来たりしているだけだ。
それでも、以前より食卓のことを考える時間は増えた気がする。
スーパーで見ているものと、家で食べるものが、前より近くなった。
誰かのために買い物をしているつもりはないけれど、気づけばそういう選び方になっている。
季節が変わるたびに、買い物かごの中身も少しずつ変わっていく。
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まとめ
仕事帰りにスーパーへ寄る。
野菜を見て、魚を見て、総菜を見て歩く。
その時間の中で、自然と夕飯のことを考えている。
自分のためのごはんだった頃とは、少し違う景色になった。
来週もたぶん同じようにスーパーへ行くと思う。
並んでいる野菜は少し変わるかもしれない。
でもまた気づけば、ごはんのことを考えながら売り場を歩いているのだろうと思う。
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